ハンカチーフ物語 第三章「あなたに貰ったハンカチで、あの子の涙を拭いた」

「あなたとわたしとハンカチーフ」

~ハンカチの折り目の数だけ節目あり~

 

第三章

─あなたに貰ったハンカチで、あの子の涙を拭いた─

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1990年。
バブル景気が空前の灯火となったこの年。
羊介と麻子の間には、2歳になったかわいらしい女の子がいた。
その子の瞳は、母譲りのダークブラウン。
緊張すると、顔が真っ赤になってしまうのはもちろん、父譲りである。羊介の転勤により、ふたりが出逢った思い出の地、沼津市に移住し、休日には家族3人で千本松原を散歩するのが、日課となっていた。

「ほら、こっちにおいでよ~」と、羊介は破顔しながら幼い娘を呼び寄せた。

「そんなに走ったら、転ぶわよー」麻子がそう言い終わらないうちに、子どもは無数に広がる石につまづくと、火がついたように泣き出してしまった。

「ほら!見てごらんなさい!」麻子は、オロオロする羊介に向かってそう言うと、急いで駆け寄り、子供を抱き上げた。

「いたいのいたいの飛んでいけー!」羊介が必死に頬を膨らませたり、寄り目をしたりしながら笑わせようとするが、泣き止む気配がない。子どもの膝には、さざ波のような擦り傷ができていた。
それでも泣き止まない我が子の涙を、麻子はそっと優しくハンカチで拭う。すると子供は、ハンカチが気になったのかピタリと泣き止んだ。


「まんま、これぇ かわいーねー!」
そう言って、今まで泣いていたのが嘘のように、くしゃっと笑顔になるのであった。羊介も麻子も、ふたりで顔を見合わせ思わず笑ってしまった。
泣いたかと思えば、笑う。
怒ったかと思えば、また笑う。
ふたりのたからものは、こんな調子で四六時中、父と母にしあわせを与えているのであった。

また、ハンカチに夢中になっていたかと思いきや、
「ちびぃ……、まるっこちゃあん! おうちおうち」とぐずり出した。
この年放送がはじまった、あのアニメに夢中になっていたのだ。

「はいはい。おうちね、帰ろうね。」そう言って麻子が微笑むと、三人は手をとり、横並びに歩き始めた。千本浜の松林からこぼれ落ちる夕日が、まるで西浦みかんのように、三人の背を染めていた。

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何気ない日常の中で、腹を立てることもあれば、楽しい時もある。
相手を受け入れられないこともあれば、この瞬間が永遠に続いてほしいと願うこともある。

ひとりなったとき、そばにいて欲しいと思ったり、一緒にいて急に鬱陶しく感じることもあったり。

年月を経るにつれ、いつも感じていた感謝が当たり前となり、それを表現することさえも忘れてしまう。

様々な変化と共に生き、無責任と優しさを行ったり来たりしながら、ふとした瞬間に、はっとその存在の大きさに気づくとき、人はパートナーのありがたみを感じるのではないか。

と、松林を通り抜ける汐風が、教えてくれているように感じた。

──近くの民家から、ピーヒャラピーヒャラと、おなじみの主題歌がうっすらと聞こえていた。

 

→第四章へつづく

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撮影協力:

maku

https://maku.mystrikingly.com

ロケ地:

愛鷹広域公園

https://shisetsu.mizuno.jp/m-7408